Culture Club

80年代を代表するポップ・グループの一つ。
82年にロンドンで結成。中心人物ボーイ・ジョージの出自である「クラブ・カルチャー」をもじってグループ名に。
82年デビュー・シングル「I'll Tumble 4 Ya」が不発に終わるも、続く「君は完璧さ」が見事全英1位、アメリカでも翌年2位を記録する大ヒット。日本でも同曲がCMに起用され、ボーイ・ジョージの妖艶なルックスとともに一大ムーヴメントを巻き起こす。
83年になると、人気はさらに加速し、シングル「カーマは気まぐれ」は全英・全米1位を記録。アルバム「カラー・バイ・ナンバーズ」も全米年間チャートでトップ10入りを記録、とうとうグラミー賞の最優秀新人も獲得した。

Colour By Numbers

Colour By Numbers

彼らの音楽性はブラック・ミュージックに忠実なスタイルで、初期こそレゲエやダブ、ファンク、ラテンなどをエッセンスとして使っていたが、この頃にはブルー・アイド・ソウルといってもいいほどストレートなものに。そのスタイルが飽きられたのか、続くアルバム「ハウス・オン・ファイアー」はチャート・アクションこそイギリスでは良かったものの、アメリカでは17位。セールスも今ひとつに終わる。
再起を期した86年のアルバム「ラグジャリー・トゥ・ハートエイク」は評論家筋の評判も高かったが、ボーイ・ジョージのドラッグ所持による逮捕で解散に追い込まれる。
彼らはこの事件に限らず、スキャンダルに事欠かない存在で、デッド・オア・アライヴピート・バーンズとの確執や、恋人マリリン(男性で「コーリン・ユア・ネーム」のヒットを持つ)とのゴシップ、同じバンドメンバーのジョン・モスとの痴話ゲンカなど様々なものがったが、結局は前述のドラッグ禍とジョン・モスとの公私にわたるトラブルが解散のきっかけになっている。なお、音楽的にはロイ・ヘイがその中心。
90年代に入ってから再結成をし、大きな話題を呼ぶが、レゲエ色が強いクラブ・サウンドは高セールスを挙げるまでには至らなかった。

<シングル>
Do You Really Want To Hurt Me (No.1,82)
Time (Clock Of The Heart) (No.3,82)
Church Of The Poison Mind (No.2,83)
Karma Chameleon (No.1,83)
Victims (No.3,83)
It's A Miracle (No.4,84)
The War Song (No.2,84)

The Medal Song (No.32,85)
Move Away (No.7,86)
God Thank You Woman (No.31,86)

<アルバム>
Kissing To Be Clever (No.5,82)
Colour By Numbers (No.1,83)
Waking Up With The House On Fire (No.2,84)
From Luxury To Heartache (No.10,86)
This Time (No.8,87)